藍染めの美しさと奥深さを体験できる場所

  • 日本民家園西門を兼ねている川崎市伝統工芸館
  • 気持ちよさそうに風にたなびく、藍染めの布。川崎市伝統工芸館を訪れると、入り口付近でこんな風景が見られるかもしれません。
    光の当たり具合によって表情を変える藍色に、気持ちがのびやかになります。
  • 工芸館の中には藍がめが8基あり、藍染め体験ができる
  • 川崎市伝統工芸館は、川崎で営まれていた伝統的な藍染めの技術を伝えるため、1983年に開館しました。ここでは藍染め体験やワークショップ、藍染め作品の展示などを行っています。
    スタッフは、様々な経歴と個性を持った経験豊富なクリエイター。伝統工芸館では、スタッフ6名が作った藍染め製品も販売しています。
各工程でたくさんの水を使う藍染め。多摩川やその支流、さらには湧き水も豊富な川崎では江戸の頃に藍染めが盛んに行われ、「紺屋(こうや)」と呼ばれる藍染め専門の染物屋が立ち並んでいたといいます。
しかし、明治時代にヨーロッパから安価で手頃な化学染料が入ってくると、伝統的な藍染めは急激に衰退しました。かつてこの地で行われていた藍染めの技術を絶やさず、次世代に伝えていく役割を担っているのが、この伝統工芸館なのです。

微生物の力が頼り。発酵させて色を作る「本藍」

藍染めの原料となるタデ藍。葉の中に青い色素、
インディゴの元になる成分が含まれる
そもそも藍とは青い染料がとれる植物の総称です。これらの植物には青い色素「インディゴ」の元になる成分が含まれています。インディゴはそのままだと染料として使えませんが、発酵させると布に染めつく性質を持っています。
古来より、世界各地においてそれぞれの方法で発展してきた藍染め。日本では、タデ藍の葉を発酵させて染料の元になる「すくも」を作り、それを藍がめの中で灰汁や消石灰、ふすま(小麦の外皮)、日本酒などと共に数日間かけて発酵させるという方法が伝統的に行われてきました。このように染液をつくることを「藍を建てる」といいます。
  • 乾燥したタデ藍の葉を発酵させて作る「すくも」。これをかめに入れ、
    灰汁や消石灰、ふすま、日本酒などと一緒に数日間発酵させて藍を建てる。
  • 藍染め液の表面に浮かぶ泡は「藍の華」と呼ばれ、
    発酵が進んで布を染められるようになったしるし。
発酵させるということは、すべては微生物の働き次第だということ。「藍がめを開けた時の色や香りで、藍の状態を確認します。
同じように建てたつもりでも、全く違う出来になることもあるし、うまく発酵が進まず失敗することもあります。経験を積みながら、ちょうどよい藍の建て方をつかんでいくんです」とスタッフは話します。
多くの手間がかかる灰汁建ての本藍ですが、化学染料に比べて染まる力が非常に強いのが特徴。また、天然の藍で染めた布は繊維が強くなるほか、虫除けなどの効果もあるといいます。綿花が普及した江戸時代には、衣料や日用品など暮らしのいたるところで使われ、当時来日した外国人がその藍色の世界を「ジャパン・ブルー」と表現したそうです。
  • 藍の濃淡や色調は染め方や染めた時の状況によって実にさまざま。藍がめの中にわずかに残った藍染め液で染めたごく薄い水色は「甕(かめ)のぞき」、何度も染めることで黒に近くなった藍色を「褐色(かちいろ)と呼ぶなど、日本には異なる藍色を表す名前が40種類以上あるそう。藍が日本の暮らしや文化に深く根づいてきたことがうかがえます。

どんな色や柄も魅力になる、藍のおおらかさ

  • この道50年のベテランスタッフ。
    「手仕事ならではの微妙なゆがみなども魅力の一つだと思います」
  • 藍染め液を使って布を染める技法には、絞り染め、板締め、型染め、ろうけつ染めなど、さまざまな種類があります。今回見せてもらったのは板締めという染色法。布を2枚の板で挟んで強く締めることで、その部分は染まらないようにして模様を出す技法です。
  • 布を板で挟み、ゴムや金具などで強く締める
  • 藍染め液が入った藍がめの中に板で締めた布をしっかりと浸す。
    その後引き上げ、空気に触れさせて酸化させることで藍色が生まれる
濡らして折りたたんだ布を板で挟んで締めてから藍がめの中に入れ、藍染め液がしっかり染み込むようにします。その後、かめから引き上げて空気に触れさせて酸化させることで藍を発色させます。
染めたい色の濃さに応じ、布をかめに入れて藍染め液に浸し、出して酸化させるという工程を何度か繰り返します。こうして染めた布は、板を外し、残っている灰汁などを水で洗い流します。時間が経つと藍染め製品が黄ばんだり藍色がくすんだりしてくることがありますが、これは灰汁が出てくるから。その際もしっかり水で洗い流せば、きれいな藍色が蘇るそうです。
染めた布から板を外し、水で洗い流して灰汁などを取り除く。
  • 水洗いし、布を広げた際に表れる深い青と白のコントラストには、思わず声が出るほど。植物の驚くべき力、手の技が生み出す美しさを実感できる瞬間です。
    型染めは、型紙によってとても細かい柄を作ることもできます。技法によって表現されるものが全く異なるのも、藍染めの面白さの一つです。
  • 型染めは、型紙を使って染める技法。布に型紙を当て、もち粉と糠でつくったのりを上から塗っていく。その部分が防染されることで、きれいな模様が出る
上の写真の型紙を使って染めた手ぬぐい。繊細な模様は型紙ならでは
藍染めは偶然性があるのも魅力、とスタッフは話します。その時々の藍染め液の状態や作り手によって微妙に色合いや柄などに違いが出るため、同じものは二つとできません。手仕事ならではのおおらかさ、そして藍の持つ懐の深さも醍醐味なのです。
  • スタッフの手による藍染めアイテム。
    伝統工芸館や民家園、オンラインショップで購入可能。

来館者とスタッフが共に育む「カワサキ・ブルー」

川崎市伝統工芸館には、もう一つの特徴があります。それは、原料の多くを身のまわりで調達しているということ。藍を建てる際に使う灰汁は、日本民家園の囲炉裏で焚かれた灰から作ったものです。
さらに、囲炉裏で燃やす薪は、伝統工芸館が建つ生田緑地の剪定木を使用。身近な資源を有効に使用するこの営みは、循環型社会を目指す現代に適ったものだといえます。
川崎の豊かな自然の中で育まれてきた、藍染めの技術。その伝統を守りつつ、新しい表現を生み出す「カワサキ・ブルー」を発信していきたいというのが、伝統工芸館のスタッフ6人の願いです。皆それぞれ、興味の対象は少しずつ異なりますが、藍染めの奥深さや面白さに魅せられていることや、その技術を伝えていきたいという思いは共通しています。
6名のスタッフに、藍染めの魅力を聞いてみました。
「藍の面白さは生まれる色に本当にさまざまな濃淡や色調があること。染め上がった布で暮らしの中で楽しむ物づくりなどをしながら、その多様さを感じています」
「型染めは、型紙が一枚あればいかようにも表現できるのが魅力。大きな布に繰り返し型紙を置いてもいいし、小さな布に型紙の一部だけ置いてもいい。どんな布に染めるかで用途も広がります」
「絞り染めに見られる藍のにじみもきれいだし、型染めのきっぱりした歯切れの良さもいい。それぞれの技法の魅力や美しさを味わってほしいです」
型染めに使う型紙も、スタッフが自ら作っている
「型染めの型紙を布に置いて糊付けをする作業が好きです。一方、絞り染めは最後に絞りを解いて布を広げ、それまで分からなかった柄が表れる瞬間は毎回感動します。今後は型染めと絞り染めを組み合わせたものを作ってみたいです」
「古典的な柄はもちろん、自分の身近で親しみのある柄で作ったり、藍色の濃淡でグラデーションを作ったり、好きなように染められるのが楽しい。皆さんにもその楽しさをぜひ味わってもらいたいです」
「藍染め体験に来るお客様が、染め上げた布を広げた時に『きれいにできた!』と喜んでいるのを見るのがうれしいです。皆さん本当に思い思いに染めていて、偶然性の魅力を感じています」
温かく、頼もしいスタッフの手を借りながら藍染め体験ができる
そんな6人のスタッフが口を揃えるのが、日々、この伝統工芸館を訪れる人々からたくさんの刺激を受けているということ。展示されている藍染め作品への反応や、藍染め体験をする人の思いもよらない発想などから、新たなアイデアの種が生まれることもあるといいます。
そう考えると、伝統工芸館のスタッフと一緒に「カワサキ・ブルー」を育んでいくのは、ここを訪れる私たち一人ひとりなのかもしれません。実際に目で見るだけでなく、自分の手を動かして世界に一つだけの藍染め作品を作る。そのワクワクする楽しさ、藍の持つ色の豊かさや手仕事の美しさを知る喜びは、きっと深く心に残るはずです。